真木柚布子ファンクラブ「柚の会」スタッフブログ

真木柚布子ファンクラブ柚の会事務局スタッフのブログです。

2021年06月

        先日の「楽器の日」に書こうと思っていたのですが、
  気づいてみたら書き落ちしてましたので今日になって追記させて
  頂きます。


        以前はブルーのグラデーションが綺麗なさくらのギターでしたが
    (先日はタイミング良く服には合ってたんですけど)
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  抱えやすく弾きやすいとの事でこちらのギターがメインになっています。
  先日もブログで上げていた写真をみていると、このギターがだんだん真木さんに
  馴染んできたような気がします。
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   ある意味似合ってるみたいな・・・
  多分それはイメージや相性もあるんだと思いますが、きっと他のギターを
  持ってもシックリこないかもしれませんね!  

  特にギターなどの自然材を使った楽器は、弾き手によって楽器自体が個性を
  持つようになりますし、時間を経過しながら育つものですから余計に
  そうかもしれませんね!
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  きっとスポーツ選手や職人さんなど、プロとしてちゃんとした個性と才能を
  持った人には、その人に合った道具があるんだと思います。
  それは、最初からシックリ来るものもあれば、次第にその人に馴染んで行き
  やがて、周りからみてもその人と道具がセットのイメージになって行くのかと・・・

  で・・・早くコロナが落ち着いて、またこのギターを持って皆様に弾き語りを
  ご披露する機会が早く来るのを願うばかりです。

                       ♪ かんりにん ♫

  

 今日は・・・何と「手羽先記念日」です!
ちなみになぜ手羽先記念日かと言うと、手羽先で有名な名古屋の
「世界の山ちゃん」が1981(昭和56)年6月14日に創業したことにちなんで、
山ちゃんの運営会社が記念日に制定・・・って事らしいんですが、
そんなに勝手に記念日を制定するなんて(笑)

  
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  その名古屋の手羽先ですが、「世界の山ちゃん」と「手羽先の元祖・風来坊」の
  有名店があるのですが、今では関東にも店舗がありますので・・・
  ご存じの方はどちらがお好きでしょうか?

 

    =山ちゃんvs風来坊・手羽先の味付けの違い=
激辛ブームの時代に生まれた山ちゃんの手羽先は胡椒たっぷりの
スパイシーが売り!
一方、手羽先の元祖・風来坊の手羽先は甘辛いタレと白ごまがかかった
タイプ。

   ついでにこんな違いもあります!
山ちゃんの手羽先が手羽中+手羽先のV字型なのに対して、
風来坊の手羽先は手羽中部分だけを揚げているんです。


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   ・・・って事で・・・なんですが
 このスタッフブログで紹介する話かな~と思いましたが、
 真木さんは「食は趣味」と言いそうな人ですし、
 手羽先も大好きらしいので・・・お許しを!

  *実は先日より長めのブログを続けて上げていたので、
   ちょっと箸休め・・・チャンチャン!(笑)


                       ♪ かんりにん ♫

 真木さんが以前からの友人と個展に行ってきたそうな・・・
 私には何の才能もなければ、個展に行ったところで全部が素晴らしく見えるタイプ(笑)
 何だか、人に見てもらえる才能を持ってる方は、きっと凡人より輝いた人生を
 送ってそうで羨ましいですね!

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    そんな才能のある人・・・
    真木さんも色々な事にチャレンジして舞台で披露してるのですから
    本当に多芸多才だと思いますが、凡人はそんな人と一緒に仕事を
    させてもらう事で、輝いた人生のおすそ分けを頂いているような(笑)
    
    幸せと感謝を忘れないようにしなくては・・・

                     ♪ かんりにん ♫

                 先日真木さんが以前からの親しい友人の家に行ったそうです。
         *真木さんがブログに上げてましたが・・・
        ちなみに、これがその友人


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< 33年ほど前のレコード>
その友達と言うのが、左側の北山敦子さん 


         この方は以前真木さんのディナーショーやブラジル公演にも参加して
         下さった方なんですが・・・
         久しぶりに会うとやっぱり音楽
  
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          もしかしてこのお二人、再結成でも計画してるんじゃ(笑)

          でも、今のお二人・・・何を歌うんだろう?


                             ♪ かんりにん ♫

【 人生の奈落 】

昭和50年5月

港北公会堂「 帆柱お越し音頭 」の踊りの本番中

正藤勘扇は舞台に組んだ帆柱から落ちて大けがをしてしまった。

ただ、落ちてからもそのまま踊り続け、袖に入って倒れこみ意識不明でそのまま救急車で搬送され

一か月の入院とリハビリを繰り返すことになる。

言葉に出来ない不安と恐怖 稽古が出来ないだけじゃなく 二度と踊りが出来ないかもしれない・・・

そして、せかっく順風満帆に思えた正藤を解散する事になってしまう・・・

 
  ~この時の事は後に当時の回顧録でこう記してあります~
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「もうこんな状態だから正藤は解散したから・・・」と言っても、
二人の弟子だけは稽古場にやって来た

そして「稽古やろうよ・・・」と言ってくれたのです。

思い通りに動けるはずのない私に稽古をしようといって、ただ稽古場にやってきてくれる二人

当時百人を超えていたお弟子さんの中で、たった二人・・・

でもその大切な二人が私に大きな覚悟をさせてくれたんです。

 

 当時家の周りは空き地も多く、そこには春になるとレンゲソウが群生していた。

私は、もしその中で、見つける事が出来れば願いが叶うと言う四葉のクローバーを

運よく見つける事が出来たら正藤を再興しようと思った。

そして、その広いレンゲソウの群生の中に入って必死に探した

でも、なかなか見つかる事はなかった・・・

「どうして・・・どうして・・・いつもならすぐに見つかるはずのクローバーなのに・・・」

やっぱり私に踊りをやめろと言う事なのね・・・でも・・・」

しかし、どうしても思いを断ち切る事も出来ず松葉杖さえほりだして足を引きずり座り込んで
必死に探した・・・

そんな時間がどれ程経過した頃だっただろうか、遠くに一つ 四葉のクローバーが・・・

 
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必死に倒れこむようにそのクローバの元に倒れこんで一つを手にすると、

さっきまではいくら探しても見つけ出せなかった四葉のクローバーが
そこにはいくつも目の前に・・・

それはもう一度正藤を続け育てる使命があるんじゃないだろうか・・・

そう思わせる出来事だったのであります。

 

この出来事は、正子の人生観を大きく変えるものであり、正藤勘扇としての

その後の覚悟を決める出来事となった。

そしてその後も幾度も壁にぶつかり、試練もやって来た。

ただ、それを何とか乗り越えてこれたのは、

正藤勘扇としてどうしても離れられない踊りがあり

大切な弟子が集まってくれていたからに他ならない。

 

人は苦難の時にこそ大きな何かを得る事が出来る

ただしそれは、乗り越えようとした者だけにしか得る事は出来ない。

 

舞踊団正藤の演舞は独創的であり、見る物を楽しませる何かを持っている。

それは、あの自由奔放な正子の生き方と、正藤勘扇として歩いてきた 
人生そのものが
奥底にあるからなのかもしれない。

 

そして今の舞踊団正藤には、正子には到底及ばないものの

舞台の華となる弟子がいる。

さて、正子から勘扇へ

そしてこれからの舞踊団正藤がどうなって行くのか

これまでのストーリーと共に楽しみに応援して頂ければ幸いです。


これにて、人生語り「正子から勘扇へ」第一話読み終わりでございます。

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